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名家の宿命 ⑧

Penulis: 秋月 友希
last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-11 22:56:03

 一人残されたクラウディアは、部屋の片隅に目を遣った。そこにはシオンとの思い出の品々が並んでいる。今となっては、どれも大切な形見だ。

 シオンは人に恨まれるような人間ではなかった。それなのに彼は殺された。シオンは間違いなく誰かに殺されている。

 シオンの死がもたらしたものは、想像以上に大きい。クラウディアは改めてその重さを痛感した。

 グレタの言葉が頭から離れない。

『リノアが未来を握っている』『名家の力を削ごうとする存在』

『龍の涙』が絡むなら、この村だけの問題では済まない。このままでは一方的に蹂躙されるだけだ。

「私は何をすべきか……」

 呟きが静寂の中に消えていく。

「星詠みの力……」

 クラウディアは心の中でリノアを思い浮かべた。

「リノアの力はいずれ必要になる。私が道を指し示すべきか。それとも……」

 道を誤れば、リノアの未来も村々の未来も揺らいでしまう。そのことを考えると胸の奥に疼くような痛みが走る。しかし目を背けるわけにはいかない。

 クラウディアは目を閉じ、思考を巡らせた。

 エレナも立派に育っている。今のエレナならリノアを支えることができるのではないか。しかもシオンが生きていた頃から二人の絆は深い。あの二人なら、きっと大丈夫だ。

 薬草の香りが微かに漂う中、ランプの炎が揺らぎ、壁にかかる古い地図に影を落とした。

 森が私たちに語りたがっているもの——それを理解しなければならない。迷っている時間はもうない。すでに事態は動き始めている。

 この流れを止めることは、もはや誰にもできないのだ。

 窓の外で霧が揺れ、森の奥から低く唸るような音が響いた。クラウディアの耳にその音が届き、背筋に冷たいものが走る。

 クラウディアは息を深く吸って、気持ちを整えた。窓の外に広がる薄暗い空を見つめながら、ゆっくりと考えを巡らせる。

 あの戦乱の最中、私は命からがら追ってから逃げた。仲間を見捨てて……。

 リノアの両親がどこへ消えたのか、このまま曖昧にしておくわけにはいかない。きっと、今もどこかで生きているはずだ。名家の血が運命の歯車を動かすというのなら、私も動こう」

 クラウディアは拳を軽く握りしめた。

 クラウディアは立ち上がると、壁に掛けた厚手のコートに手を伸ばした。しっかりとした作りのそのコートは、冬の冷たい空気を遮る頼もしさを持っている。

 クラウディアはコー
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  • 水鏡の星詠   街道での危機 ①

     順調に行けばアークセリアまでは三日ほどで辿り着く。 リノアとエレナは穏やかな雰囲気の中、街道を歩いていった。 風が枝を揺らしながら通り抜けていく。 木々のざわめきは柔らかく、葉が揺れながら微かな音を立てている。踏みしめる土はわずかに湿り気を帯び、足裏から伝わる感触は柔らかい。「たいぶ、人が減ったね」 エレナがぽつりと呟いた。 ほんの少し前まで旅人や行商人が行き交い、賑やかな声が響いていた。喧騒の余韻が、まだかすかに空気の中に残っている。 視線の先に見える旅人の姿に、リノアの記憶がふと揺さぶられた。 あの日の夜、オルゴニアの樹の下で目にしたあの人影── あの人たちは様々な場所に出向いて、生命の欠片を探し回っているのだろうか。自然を傷つけながら…… 硬く変質した草木は、もはや回復することはない。それどころか、土に還ることさえ叶わないのではないか──そんな疑念が胸をよぎる。 あの人影が、この旅人たちに紛れ込んでいても、それを見分けることはできない。今のところ不穏な様子を見せる人の姿はないが……。 微かな違和感は確かにある。 けれど、それは人に対してではなく、もっと別の、得体の知れない何かに向けられたものだった。 空気がいつもより重く感じられる。 わずかに湿気を含んだ風が肌を撫で、遠くには低く垂れこめる雲が広がり始めている。 昼以降、天気が崩れるのではないか。 リノアは無意識のうちに歩みを緩め、仰ぎ見るように空を見つめた。「この辺りは天気が崩れやすいみたいだから、油断できないね」 エレナの言葉にリノアが頷く。 山の天候は不規則で変わりやすい。今は穏やかな天気でも、十分に注意しなければならない。「それにしても、アークセリアまで三日か……。ずっと歩くのもなかなか大変ね」 エレナは小さく息をついた。 道は緩やかな傾斜を描き、石が混じる地面が足裏に硬さを伝えてくる。 低地では豊かに広がっていた草木も標高が上がるにつれてまばらになり、背の高い樹々は少しずつ減っていった。「思ったより登ってきたね」 エレナが歩を緩めて振り返る。 これまで歩いてきた街道が眼下に伸びている。 遥か遠くまで続く道、その両脇にはぽつぽつと建物が並び、畑が規則的に区切られている。さらにその向こうには、ぼんやりと霞む森が広がり、その輪郭は空と溶け込み青みが

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ⑧

    「……こんなにいるんだ」 リノアが呟く。 驚きと懐かしさが、その表情に浮かんでいる。「何か気になるの?」 エレナが歩みを緩め、リノアに視線を向ける。「村では、ほとんど見なくなってたから、何だか嬉しくて」 枝葉の間を舞う鳥たち。光を受けて揺れる羽根が風に乗って穏やかに流れていく。 エレナもふと空を見上げた。 その視線には言葉にはできない想いが滲んでいる。「ここは……まだ生きてるんだね。」 エレナは静かに息をつき、そのまましばらく空を眺めた。 風が森を抜け、鳥たちの鳴き声が優しく響く。 リノアはそんなエレナの横顔をちらりと見つめた。 普段はあまり表情を変えないエレナが穏やかな光を瞳に宿している。 エレナは何を思っているのだろう── 時に鋭く、時に静かに物事を見つめるエレナの眼差し。けれど今は、その硬さが和らぎ、どこか遠い景色を眺めているように見えた。 そんな姿を見るのが、リノアは嫌いではなかった。 言葉にしなくても、その横顔を見ているだけで、なぜか心が落ち着く。何も話さなくても、そばにいるだけで十分だ。 リノアは周囲を見渡した。 私たちの村の森は衰えつつあるというのに、この街道沿いは、まだ生命が深く息づいている。 街道を行き交う旅人や行商人、そして簡素な休憩所に腰を下ろして談笑に耽る人たちがいる。 人の往来は多く、馬の足音や荷車の軋む音も聴こえるほど賑やかだ。 それでも、ここでは森の息遣いが感じられる。 人がいない静寂の森ならともかく、この場所は賑わいの中にあるというのに……。 自由に枝葉を広げた木々、しっとりとした土、そして大木を力強く支える根。 ここは自然と人が共存する憩いの場だ。 道だけが踏み固められ、草木はなくなってはいるが、この場所だって人が歩かなくなれば、きっと直ぐに回復するのだろう。 鳥の声が風に乗って響き渡る。 どこまでも遠くへ運ばれていくその音色────かつての村の森も、このように息づいていた…… リノアの胸にかすかな痛みが走る。 最近の森の変化は異常であり、その原因は分かっていない。 村の長老たちでさえ、かつての豊かさが失われた理由を語ることはできなかった。 私たちの理解を越えた何かが起きている可能性は勿論ある。だけど私たちにも、きっと原因があるはずだ。──必要以上に自然に介入しな

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ⑦

    「リノア、準備はいい? そろそろ行くよ」 エレナが問いかけると、リノアは小さく頷いた。「うん。行こう、アークセリアへ」 神殿は村の管轄外とは言え、決して立ち入りを禁じられていたわけではない。それでも、リノアは長い間、この場所へ足を踏み入れることを避けていた。 それは自分と向き合うのが怖かったからだ。 戦乱後、両親が突然、姿を消してからというもの、心に大きな穴が開いていた。それを埋めるには勇気が必要だったのだ。 ノクティス家と密接に結びつく神殿に足を運べば、自ずと過去に触れることになる。 もし、ここで過去と向き合えば、知らなかったこと、知りたくなかったことまで明らかになってしまうかもしれない。 それが怖かった。だが、今は違う。 シオンが亡くなってから、私の心境は大きく変わった。きっと意識はしていなくてもシオンに頼っていたのだと思う。 シオンがそばにいたからこそ、過去に向き合わずとも前を向くことができた。だけど。もう目を逸らしている場合ではない。 リノアはゆっくりと息を吸い込んだ。 これまでのことを無かったことにするつもりはない。ただの過去として終わらせるわけにはいかないのだ。 リノアとエレナは神殿の扉を押し開き、外へと足を踏み出した。神殿の周囲はひっそりとしており、遠くで風が木々を揺らしている。 朝と昼の狭間――微睡むような光が森を包む中、二人は歩みを進めた。 空はすっかり朝の名残を薄め、やわらかな光が木々の間に差し込んでいる。昼の活気にはまだ届かず、かといって朝の静けさとも異なる、移り変わりのひととき。 旅立ちの足取りは軽やかでありながらも、どこか慎重な色を帯びていた。 だが、リノアはもう迷うことはない。──この足で、今まで見なかったものを確かめに行こう。 リノアは星見の丘の下からオルゴニアの樹を仰ぎ見た。 樹齢千年を超える古木──オルゴニアの樹は圧倒的な存在感を誇っている。 枝葉が天を抱くように広がり、光を透かすように揺れる葉の影が丘の緩やかな傾斜に模様を描いている。 リノアは、しばしその姿を見つめた。 風が吹き抜けるたびに、樹の枝がかすかに揺れ、その葉擦れの音はまるで囁きのように響いた。 この場所には積み重なった時の記憶が息づいている。 千年もの時を超え、変わらずそこに立ち続けている樹木。オルゴニアの樹は過去と

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ⑥

    「ねえ、エレナ。エレナって絵を描くのが得意だったよね。ここに描かれた紋章や絵を写してほしいんだけど」 リノアは壁画を見つめながら、ふと口を開いた。 エレナはシオンの研究を手伝うために、これまで何度もシオンと出かけて、植物などシオンの研究対象を描いてきた。「別に構わないよ。後に役に立つのかもしれないしね」 そう言って、エレナはすぐに鉱彩筆を取り出し、壁画へと視線を戻した。 壁に刻まれた絵――その線、その形、その意味――すべてを正確に捉えようとするかのように、エレナの指がゆっくりと動き始めた。 鉱彩筆が滑るたびに、絵の輪郭が静かに浮かび上がっていく。筆先に宿る淡い鉱石の輝きが線をなぞるたび、細部がより鮮明に映し出されていく。 エレナは筆を持つ指に力を込め、壁画の奥に隠された何かを探るように筆を走らせた。 エレナが絵を描いている間、リノアは壁画やレリーフ、そして紋章に思いを寄せた。 リノアの高い感受性が断片的だった思考をひとつずつ繋ぎ合わせていく。 かつて、この森は今よりも豊かだった。 人々は自然を敬い、心で精霊を肌で感じていた。 しかし時が経つにつれ、森は衰え、争いが影を落とし、いつしか人の心までもが変わってしまった。 戦乱の炎が多くの自然を焼き尽くし、人々の間で分断が生じたのだ。 戦乱前は、近隣の村や諸国とは争うことはなく、今より密接に結びついていたと聞いている。 だが今、人々は自然を敬う気持ちを失い、人間同士の関係にも影を落としている。 精霊を心で感じるなんて、あるはずもない。 リノアは深く息を吸い込んだ。 この神殿に刻まれた壁画やレリーフには、きっと大きな意味が込められている。 紋章の変化、描かれた壁画──その繋がりを解き明かすには、もう少し時間が必要だ。「よし。これで大丈夫。あとでじっくり見直せるようにしておいたよ」 エレナは鉱彩筆を片付けて、描き上げた写しを慎重に折り畳むと、ふうっと息をついた。「これが何を意味するのか、解き明かせたら良いんだけどね」 エレナは肩を軽くすくめて、描き上げた写しを眺めた。 エレナは壁画を丹念に写し取っているものの、その手つきはリノアのような探求の色は薄い。 置かれている立場が異なる以上、それは仕方がないのかもしれない。エレナは紋章に秘められたノクティス家の謎に強く惹かれているわけ

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ⑤

     ノクティス家は、かつて広大な森とその恵みを統べる存在だった。その紋章は繁栄の証であり、権威を象徴するものだったはずだ。 しかし時代は流れ、かつて誇示されていた力は次第に影を潜めていった。──そうなると……ノクティス家の各名家や村人たちとの位置づけも変わることになる。「この紋章って、ノクティス家の変化を示してるんじゃないかな」 リノアの瞳がわずかに揺れた。思考が新たな方向へと動き出し、確信へとつながっていく。「単なるデザインの変更って感じじゃないよね」 エレナは紋章を眺めながら、小さく頷いた。「もしかすると、ノクティス家の立場が変わったから……なのかも」 リノアは紋章から目を離さず、思案するように口を開いた。 「立場?」 エレナは軽く首を傾げ、言葉の意味を確かめるように問いかけた。「昔、ノクティス家は森を統べる一族だった。だけど、いつの頃か、その権威は失われてしまった」 リノアの言葉には、ただの歴史の事実ではなく、そこに込められた重みがあった。「あの戦いの後?」 エレナが問う。「ううん、戦いのずっと前」 リノアの言葉が空間に溶けるように響いた。エレナはしばし沈黙し、思案するように紋章へと目を戻す。「そうか。権威が弱まったから、紋章のデザインを変えたってことなのか」 納得したように微かに頷くエレナ。しかし、リノアの目はすでに別の可能性を探っていた。──権威が弱まったから、紋章のデザインを変えた。だけど、それなら形をわずかに変えるだけで済むはず。 リノアは、じっくりと考えを巡らせた。 以前の紋章は星と植物の図形を合わせたものだった。それは天と大地を表すものであり、それぞれの造形は明瞭だった。 しかし今の紋章は二つが溶け合い、境界が曖昧なものになっている。──何か別の意思が込められているのではないか。 リノアは壁画に刻まれた紋章をもう一度見つめた。しかし、考えすぎるのはやめようと思い直し、壁画から視線を外した。 紋章の変化には何らかの意味合いが込められているのかもしれない。だけど今はそれを知るにはまだ手がかりが足りない。 そんな思いが頭をよぎった時、ふと、リノアの意識は別の方向へ向いた。 対として描かれた壁画――その場面が、リノアの思考を引き寄せる。──あの紋章の変化と、この壁画に刻まれた場面……何か関連があるのでは

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ④

     リノアはふと風を感じた。 冷たい空気が肌を撫で、心の奥に染み込むような感覚が広がる。 リノアの背中を押すように、風がゆっくりと吹き抜け、柱と柱の間をすり抜けていった。 その流れは、ためらいなく神殿の奥へと進んでいく。 奥の壁にあるのは、風化した壁画──。 色褪せた形象が並び、時の積み重ねがその表面に刻まれている。 リノアは歩み寄り、その一つに触れた。──これは……『森の繁栄と、その荒廃』……。 リノアは、その隣に目を遣った。 そこに描かれていたものは──『人々が祈る姿と争う姿』そして──『精霊と荒れ狂う獣』だった。 その中心に、描かれてあるもの……。 これは種子だろうか。種子が二つ刻まれている。 一つは『龍の涙』、そしてもう一つは……これは『生命の欠片』だろうか? それぞれの絵は一つだけではなく、対として描かれている。 エレナがリノアの隣に並び、口を開いた。「これって……ただ過去を記しただけではないよね。森の繁栄と荒廃。相反するものが描かれてる……」 その声には、わずかな違和感が込められていた。 リノアとエレナは、その意味を探るように周囲を見回した。すると、壁の一角にレリーフがあることに気付いた。 様々な動物、そして植物、川や山――それらが織りなす命の調和が石の表面に深く刻まれ、影と光が織りなす陰影によって、まるで動き出しそうなほどの存在感を放っている。 その中央にひときわ目立つ巨大な樹木。 大地へ深く根を張り、星々の光が樹木を癒す構図だ。 リノアとエレナはレリーフに魅入った。──きっと、壁画もこのレリーフにも何らかの意味が込められている。「このレリーフ……森の歩んできた歴史が刻まれているのかな」 リノアがぽつりと呟いた。「たぶん、そうだと思う」 エレナはレリーフの表面にそっと指を這わせた後、少し考え込み、そして続けた。「未来への願いも込められているんじゃないかな」──何百年、何千年と続いてきた命の継承が、今途絶えようとしている。人間の強欲さによって……「この森は、守られるべきものなのに……」 そう言って、リノアは視線を落とした。 二人の間に沈黙が落ちる。 レリーフに刻まれた記録が、ただの過去を語るものではないことは、もはや疑いようがない。 「エレナ、ここにも何か描いてあるよ」 リノアが口を開

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ③

     神殿の内部は、まるで時間に置き去りにされたかのように空洞のまま広がっている。人の気配はなく、ただ沈黙だけが支配する空間。 天井を支える柱が長い歳月を経てもなお、その使命を果たし続けている。 崩れかけた階段の表面に刻まれた擦れた跡は、かつての参拝者の足音の名残りだろうか。過去と現在が交錯し、囁きのような気配が足元から静かに立ち上ってくる。 所々にある台座らしきもの。かつてはそこに何か置かれていたのだろう。しかし、今はその痕跡すら朽ち果て、石の枠だけが残されている。 きっと盗掘にあったのだ。 金目の物はすべて奪われ、名も知らぬ場所へと流されていく。人間の欲深さが歴史の痕跡を塗りつぶしていくのだ。それが、さも当然であるかのように。 だが、たとえ物は壊れ、形を失ったとしても、そこに宿る想いは消えることはない。この神殿がそうであるように。 リノアは神殿に息づく何かを感じ取ろうと、歩を進めた。 踏みしめる度に鳴る微かな音が、沈黙の中に生気を与える。──この胸の奥で込み上げてくる懐かしい想いは何だろう。丘の上から眺めた幼い頃の記憶が、今になって蘇ってきているのだろうか。 かつて、人々がここで祈りを捧げ、儀式を執り行っていた時代があった。しかし、時が経つにつれ、儀式は村へと移され、この場所は次第に忘れ去られていった。 今は、神殿はただの遺跡として扱われている。それどころか現在の神殿は村の管轄ですらない。 ノクティス家の人間として、この神殿と関わることは、もはやない…… そのはずだった。 しかし──。「それにしても静かね」 エレナの言葉が澄み渡る空気の中にそっと溶け込んだ。 神殿は外界と完全に隔てられているわけではない。それでも、ここに漂う空気はどこか異なる。 言葉にならない感覚── もっとシオンにノクティス家の歴史のことを聞いておくべきだった。私はあまりにもノクティス家のことを知らなすぎる。 いずれ、シオンに話を聞くことになるだろうと、その時は漠然と思っていた。 まさか急にシオンが亡くなり、私が村のリーダーに抜擢されるなんて──誰が予想できただろうか。 現実を前に、リノアは息を呑むしかなかった。 運命は唐突に方向を変え、否応なくリノアをその流れに巻き込んでいった。気づけば、すでに後戻りできない場所へと踏み込んでいたのだ。喪失の痛みも

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ②

    「エレナ、人影が投げ捨てた水晶だけど、ポケットに入れたままなんだよね。大丈夫かな?」「身体は平気?」「うん。特に何も……」 リノアは首を振った。 あの日の夜、水晶に直接手を触れたが、今のところ身体に変調はきたしていない。「何もないなら、持っていても良いんじゃない? だけど……」 エレナは視線を足元に落とし、微かに眉をひそめる。「鉱石はともかく、この土には触れたくないね」 リノアは無言のまま、足元の土を見つめた。 このまま放置するわけにはいかない。だけど無闇に処理をするのは危険だ。取り返しのつかない事態を引き起こさないとも限らないのだ。今日は何もせずに立ち去った方が賢明だろう。 原因の究明は、また今度やれば良い。 リノアたちはオルゴニアの樹を後にし、星見の丘を越えて街道へと向かった。空は澄み渡り、柔らかな陽が旅人たちの影を伸ばしている。 昨夜の人影は、すでに消え去っていた。この中に潜んでいる可能性は勿論あるが、それを確かめる術はない。 それは向こうも同じだ。彼らは草むらに隠れていた私たちの存在を知らない。仮に、この場に人影がいたとしても、お互いに気づかぬまま通り過ぎ去るだけだ。 ここで衝突することはない。 街道沿いに神殿が聳え立っている。 その白亜の神殿は、どこか時を超えた厳かさを湛えている。時を超え、多くの者が祈りを捧げ、願いを託してきた聖域──。 風がわずかに吹き抜ける。 その空気には、かつてここで交わされた祈りの余韻が、まだ微かに残っている気がした。 リノアとエレナは神殿を前に足を止め、そして見上げた。 シオンの研究所でヴェールライトのペンダントに触れた時、鮮烈な映像が脳裏に浮かび上がった。「あの時、見たものとは違う……」 思わず漏れた声は、風にさらわれるように消えていった。 目の前の神殿は、厳かで歴史の重みを感じさせる壮麗な造りとは異なり、随分と簡素な造りをしている。「廃墟っぽいけど、なんか雰囲気あるね。どうする? 立ち寄ってく?」 エレナの何気ない問いに、リノアは逡巡した。 ここではない──そう思いはするが、この場所をただ通り過ぎることに妙な違和感を覚える。「うん、行ってみよう」 リノアとエレナは顔を見合わせて、ゆっくりと神殿へ歩を進めた。 神殿の入口に、古の職人が刻んだ樹木の柱が立っている。その表面

  • 水鏡の星詠   新たなる旅立ち ①

     リノアはエレナと並び、小道の石が敷かれた道を歩いた。 風がリノアたちの背中を押すように吹き、遠くの木々を揺らしている。 かつては豊かな緑に包まれていたこの地も、今ではその一部がむき出しになり、土があらわになっている。 大地の水分が減ったのだろう。 足元の土はかつての湿り気を失い、踏みしめるたびに細かく崩れ落ちていく。 草木は力なく揺れ、根を張ることすらままならない。湿り気を好む苔やキノコ類も姿を消しつつあった。 霧の密度にもむらが生じている。霧が濃く立ち込める場所もあれば、そうではない場所もあるといった具合に……。その差は年々顕著になっている。 樹々が枯れて風が抜けやすくなったことが、霧が薄くなった原因ではないか。 この地は変わりつつある。 ゆっくりと――だが、確実に。 リノアは足を止め、オルゴニアの樹の根元に生える草木をじっと見つめた。昨夜、鉱石によって枯死した草木たちだ。──何か、おかしい。 リノアは膝をつき、草木に手を添えた。 指先にざらつく感触。これは通常の乾き方ではない。石を思わせる異常な固さだ。──硬質化している……  昨夜、見た時は、ただ草木の生命が奪われただけだと思っていた。しかし、この枯れ方は……。 何かがこの土地そのものに強制的な変化を与えている。 リノアは周囲を見渡した。 淡く光を帯びた痕……  月明かりでは気づかなかった痕跡──草木や土、そして岩肌に至るまで、その色が僅かに変わっている。「エレナ……これ、ただ枯れたんじゃないよね」 リノアの声がわずかに震えている。 エレナは眉をひそめ、慎重に足元の土を掬い上げた。 肌には直接触れぬように……。それは本能的な警戒から来るものだった。 乾ききっているはずの土が妙な粘性を持って指に絡みつく。「鉱石の力って、魔法のような人知を越えたものなのかと思っていたけど……」 エレナは布越しに掬い上げた土をじっと見つめた。 ただの自然現象なのか、それとも誰かの意図が働いているのか――。 リノアの背筋に、薄く冷たい感覚が走った。 この影響が広がれば森全体が──いや、もっと広範囲にわたって、生命が奪われていくはずだ。 静けさの中、ふと風が吹き抜けた。朽ち果てた枝が抵抗することなく音もなく崩れ落ちる。 まるで、この場所で生きることを諦めたかのように……

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